Blue Flower

だいたいどこの学校も2学期の終業式が終わり冬休みに入った頃です。
終業式では、単学級の学校では「がんばり発表」といった学級発表や、大きな学校では代表による作文発表などがあるものです。

以前に勤めた学校で、この「がんばり発表」の本質について語り合ったことがあります。

学級として取り組むがんばり発表の中身として、「歌をうたう」「自分ががんばったことを話す」というのが一般的でした。そんな中で、話題にしたのは「学級(学年)しての意識をどう持たせるか」がありました。

子どもたちにとって、全校の場で発表するというのはなかなかない経験です。

そうした機会に、『自分たちは学級の仲間として、こんなことができるようになったよ』という意識を学期末に持つことの意義は大きいと思います。その上で「歌をうたう」のは、単に「がんばり発表だから歌います」とは違うはずです。

そんなことを先生方で話していて少しずつ広まっていた…そんな記憶があります。

これはもう5年くらい前の話。なぜ、これを思い出したかというと、とある中学校での話を聞きました。

その中学校は、学年の代表が終業式で作文を読む…といいます。やはり、個人的な内容(部活とか進路とか)になりがちな中、担当の子と打合せをしていて、「学年としての視点でね!」と理解を図り、作文の中身はまかせたとのこと。

終業式を終えての教室で、そんな経過を子どもたちに話したところ…

「先生が文章考えたの?」
「ちがうよ、打合せをして(その子が)自分で考えたんだよ。〔以下、意図を話す〕」
「そういうことか!なんか違うと思ったんだよね」
「そうかぁ、すごいなぁ。いい発表だったね」

と2学期を締めくくったそうです。

「なぜ、終業式で作文を読むのか」ということの、価値を考えて子どもたちと話すことの大切さ。

「この取り組み」の本質を見抜く。そうすることで、子どもたちと意義ある日々を過ごせる。

これって校種や場所を問わない普遍なんだと感じるひとこまでした。