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分数の足し算は、なぜ分母を足さないか?<BR>で盛り上がる小学校3年の算数。

その前に子どもたちには『分数パタパタタイル』を自分で作ってもらい、いろいろな分数を、それで表現したり、3分の3=1を操作上で見たり。それを試行錯誤しながら分数を表現していきました。

そうしていると、『1』を基にした数ということが、数直線でも見えるようになって来ました。

・四分の一と四分の二を足して八分の三になるというのは、それは『2を八等分した三つ分』。分数は一を等分したいくつ分だから、答えが違う。

・八分の三というのは、1を八に分けた三つ分。それではもとの数よりも小さくなってしまう。

  『1』という単位分数を、パタパタタイルで表現し続けながら取り組んできたので、こういうものの見方ができたのでしょう。

  これを4人の小グループで教えあい、相談しあいながら全部の班がいきついた一時間でした。

  あ、ふつーの授業です。

そして大事なのは、こういうことがわからなくなったとき、『学びなおせる』事なんだとも思います。

 今できてもだめで、ずっとできる。そのためには学びなおせること。<BR>その一瞬で学んだから『できる』わけでもなく。

 『わかる』と『できる』はちょっと違うと思うのです。

2023年、私は新しい学校に来ました。

ここは、北海道のとある小さな市の小学校。児童数は100名弱。かつて1000人規模を誇った児童数も十分の一。しかし、なぜかこの学校はとても活気があります。たくさんあるはずの教室が埋まっているのです。

子ども達の教室は最上階の3階。職員室も3階。学校の機能はすべてここに集約されています。1,2階は空っぽ…ではないのです。

1階には地域のお年寄りの方々や地域の人たちが集まって、お茶を飲みながら話したり囲碁将棋、あるいは時代ですね、テレビゲームに興じています。休み時間ともなると、子ども達が下りてきて、おじいちゃんおばあちゃんとあそんだり、ちょっと勉強を教えてもらったり、あるいは本を読んでもらったり…。

2階に行くと、ちょっとした商店街、町の公共施設、コワーキングスペースなんかがあって、お母さんたちのためのカルチャースクールなんかが開かれています。音楽室が開いているとお父さんお母さんのバンドサークルが練習していたり…。学習発表会なんかが近づくと、そんなサークルの人たちに子どもが混じって一緒に練習しています。

食堂みたいなところがあって、そこで食事をしたり、給食はみんなでそこで集まって食べています。給食が終わると地域の人のためのスペースになったりもします。

グラウンドを見てみましょう。100名もいない子どもたちにとってはあまりにも広すぎたグラウンドも、その一角に市民農園ができ、子ども達の専用農園もあります。食と農を学ぶには最適な環境。

コミュニティースクールが、市民と子供たちの手によってつくられていったのでした。

・・・・という、夢を、昨日参加したフォーラムで見たのでした。

『校区に熊が出た』

この事件が起きてから2週間がたちました。その後の調査で熊の糞や、声を聞いたという情報もあり、実際に山から下りてきたようです。

この騒動が起きたとき、ある子がぼそっと、 「熊が出たら、撃ち殺してしまえばいいのに」とつぶやきました。 私はうーんと考えました。そして、とりあえず、『熊を調べよう』と子どもたちに提案しました。 図書室の本やインターネットを中心に、北海道の熊について調べる子どもたち。 沢山の知識を得た子どもたちは、新聞にして報告してくれました。

この『報告』をもとに、さらに授業をしたのです。
まず、北海道は『ヒグマ』という種類の熊が生息し、山や森の中に住んでいることを報告から確かめます。 熊は鮭や鱒、木の実、果実を食べるという報告に、『熊って、ぜいたくだねえ』との感想はほほえましいものでした。しかし、この子どもたちの『熊のえさ』の報告に大事なものが含まれていました。 『人間が残した生ゴミや、人間があげたエサもあるよ』 『熊は一度覚えた味は忘れなくて、また探しに来る習性がある』 『山にエサが無くなって、冬眠前に下りてきたんじゃないだろうか』

そんな意見が出てきました。

知床の熊との共生の取り組みを考えながら、北海道には熊がいるということは、実は当たり前のこと。 熊とあったときどうしたらいいか? 熊が降りてこないようにどうしたらいいか?

この授業のポイントは、何よりも子どもたちの事前調査でした。調べてきたことを全体ですり合わせて立体的に自称としてみていく。このことから、考えることができました。

『撃つ』という、駆除の前に考えられることはあるのではないか?という私の考えから取り組んだ授業でした。