| 『コンパニオンフラッグを作ろう」(2) 佐藤 広也 ともあれ、子どもとともに子どもの権利条約で世界を読み解く授業をやりつつ、片っ端から、コンパニオンフラッグ作りにとりくんでいったのだった。 教室はコンパニオンフラッグだらけになった。画用紙の4分の1で、セットにコンパニオンフラッグをつくり、万国旗のように教室に掲げた。さらには、お子様ランチの旗のように、円い大きな板に載せていったし、大きな地図にその旗をさしていった。 「先生、アメリカがないよ。あっ、そうかアメリカは子どもの権利条約には反対なんだっけね。のせられないね。」「けっきょく、こうやって作ってると戦争やってる国同士が、同じ色の旗が下についたりして、なんかへんな感じっていうか・・・」、4年生の2学期、3学期はコンパニオンフラッグの下で授業をした。 そして、三年生。デンマークやオーストラリア、中国からのお客さんを迎えてコンパニオンフラッグ作りもした。 コンパニオンフラッグでゲームもできる。旗の裏に、国名、首都、人口、情報などを書いておいて、「問題」とし、争奪戦をしてもおもしろい。「日本の戦歴」(毎日新聞社)という古本に、「静岡連隊の宴会」が載っていた。そこでは、ビールもあるのに兵隊が浮かない顔をしていた。なぜか、本土に帰れる、ということになっていったのに、次の戦地派遣が決まったのだった。そこは、ガダルカナル島。静岡連隊は全滅したという。その宴会に掲げられていた旗は、日独伊の旗だった。ドイツ(ナチス)、イタリア(イタリア王国)そして、日の丸。今は、ドイツもイタリヤも新国旗であるが。「旗」そのものの歴史はまた授業作りの課題となっていくだろう。今回は、「コンパニオンフラッグ」だけで提案をする。 |
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