| 『抱きしめて「総合」「小さな小さな大豆マンの大きな大きな夢の冒険』(4) 佐藤 広也 ■4.大豆探偵団が行く時 札幌という180万人を越える大都市で山はあるが田畑も酪農もない住宅街。ダイズを学級園に育てることを軸に、伝統的豆腐店、現代的豆腐店を比べ、自分たちで豆腐を作り、様々な大豆製品のラベルを持ち寄り、メーカーに手紙を書く。石臼を挽き、ずんだを作り、俳句を書き、すべてのエキスをぶちこんで、学習発表会で標題のような劇を上演した。
そうした学びではじける子どもたちができることを提案。 調べる「ため」の「調べ学習」、発表する「ため」の訓練がくり返されそこに無意味な「学びの反復」と称して読み書き計算が付加されるとき子どもの学びは新しい生き悩みがくり返される。読み書き計算の「能力」が生きて働く場そしてその能力は確かにいる。確かに必要、ということが本来必要とされる学びにきちんと接続することこそが大事だと思う。何をこそ調べ、何をこそ発表していくことがこの子どもたちの人生にプラスになっていくのかの見通しをたてていくこそ学力というものの内実ではないか。 |
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